トランプ2.0時代、戦略的価値が高まる北極圏――日本はどのように関与すべきか?
気候変動により氷が溶けだした北極圏は、新たな航路と資源をめぐる大国同士の競争の場となってきた。ロシアや中国、米国、欧州諸国が新たな海上ルートと鉱物資源の確保を目指し、北極圏の地政学的価値は急速に高まっている。その一方で、北極圏におけるガバナンスの欠如、インフラ未整備や砕氷船の不足などといった構造的課題も顕在化している。新たな国際秩序の構築が進む北極圏で、海洋国家・日本も「価値観を共有する国との連携」「民間企業との連携」を強化し、積極的な関与を進めていくべきだろう。近年、北極圏は「周縁的な存在」から「戦略的要所」へと姿を変えつつある。氷の融解により、新たな航路や天然資源採掘の可能性が開かれ、ロシア、中国、米国、欧州諸国間の競争が激化している。特に、米国のドナルド・トランプ大統領による「グリーンランド購入」発言は、北極圏が地政学的に重要な地域であることを世界的に印象付ける出来事となった。本レポートでは、北極圏をめぐる地政学的動向を整理したうえで、日本の関与の可能性とその意義について検討したい。北極圏の戦略的価値―新たな航路と資源開発北極圏とは、北緯66度33分以北の地域であり、この地域に所在する、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国の8カ国のことを「北極圏国」という(※1)。夏至ごろには、太陽が沈まない「白夜」が、冬至ごろには、太陽が昇らない「極夜」が起こる地域であり、年中を通して気温が低く、極端な日照・気温変動を特徴とする。図1 北極圏(データソース)The Arctic Instituteの地図しかし近年、気候変動の影響を受け、北極圏の海氷域面積は急速に縮小している。国立極地研究所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調査によると、2025年3月の北極海氷域面積は、衛星観測史上最小値を記録したという(※2)。この現象は、「北極増幅(Artic Amplification)」と呼ばれ、北極圏の温暖化速度は、地球の他の地域と比較して約4倍の速さで進んでいる(※3)。北極は広大であり、地球全体の約4%を占めることから、生態系や地域住民に大きな影響を及ぼしている。世界の大国は、こうした環境変化を背景に、北極圏が生み出す新たな可能性に注目している。第一に、新たな航路開拓がある。気候変動による海氷面積の縮小に伴い、東アジアと米国、ヨーロッパと東アジアを結ぶ新たな海上ルートが注目を集めている。その主要な海路は、ロシア近辺の北東航路(Northern Sea Route: NSR)、北米側の北西航路(North-West Passage: NWP)、北極海を横断する北極海航路(Transpolar Sea Route: TSR)の3つである(※図2参照)。図2 北極圏の航路(データソース)The Arctic Instituteの地図とりわけ北極海航路(TSR)は、新たな海上輸送ルートとしての期待が大きい。例えば、横浜港からドイツのハンブルク港までの航行距離を比較すると、北極海航路を利用すると約13,000kmであり、マラッカ海峡、スエズ運河を経由する「南回り航路」(約21,000km)よりも、航行距離を約6割に短縮できる(※4)。これにより、燃料コストが削減できるだけでなく、環境負荷の低減や、政治的に不安定な地域、海賊被害のリスクを回避できるという利点もある。ロシアは長年にわたり、北極海航路(北東航路を含む)の商業化を積極的に推進してきた。北極圏での経済活動は、ロシアのGDPの10%、輸出の20%を占め、同国の経済成長にとって重要な役割を果たしている。とくに北極圏は、ロシアの天然ガス生産量の約90%、原油生産量の約17%を担う地域だ(※5)。ロシアの国営企業によると、北東航路(NSR)の輸送量は2010年以降拡大し続けており、2024年の輸送量は過去最高となる3,790万トンに達した(※6)。ロシアにとってNSRは、ヨーロッパを回避して中国とロシアを直接結ぶ航路でもある。ウラジミール・プーチン大統領は、2020年3月、今後15年間を見据えた北極戦略、「2035年までのロシア連邦北極圏の国家政策の基本原則」を策定し(※7)、その中で北東航路(NSR)を「世界的に競争力のある国家輸送回廊として発展させる」ことを明記した。政府が優先的に開発を支援するクラスターを創設し、選定された輸送、エネルギー、社会(NSR寄港地周辺の開発を含む)プロジェクトに資金を集中させる方針を明確化した。しかし現状では、北極海航路の通航コストは依然として非常に高額だ。たとえば、ロシアの砕氷船をチャーターする費用や、氷に耐えうる特殊仕様船舶の建造費用は高く、さらにシベリア沿岸の港湾施設も未整備だという課題もある。プーチン大統領は、2018年に、「2024年までにNSRの輸送量を8,000万トンに引き上げる」という目標を掲げたが、現状では、その輸送量到達は見込めていない。加えて、ウクライナ侵攻後の西側諸国による対ロ制裁が目標達成を一層困難にしている。いずれにしても、NSRの輸送量を拡大できるかどうかは、航路沿いにおけるエネルギー開発プロジェクトの進捗状況に依拠するだろう。また、北西航路(NWP)については、国際海事機関(IMO)は、気温が4℃上昇するとNWPの航行可能日が14~31日増加すると予測している。クルーズ業界は、NWPを「21世紀最後のフロンティア」と位置づけ、例えば世界遺産のイルリサット・アイスフィヨルドを訪れる探検ツアーなど、新たな観光コンテンツを展開している。注目される第二の点として、エネルギー・鉱物資源開発がある。北極圏には豊富なエネルギー・鉱物資源が眠っているとされ、地球温暖化に伴うアクセスの容易化を背景に関心を集めている。具体的には、金、錫、ニッケル、銅、白金、コバルト、鉄鉱石、石炭、燐灰石(アパタイト)といった鉱物資源が産出されるという。なかでもデンマークの自治領であるグリーンランドには、レアアース、黒鉛、ニオブなど、米国の国家安全保障や経済安定に不可欠である50種類の鉱物のうち約39種類があるとされ、戦略的重要性が増している。なお、経済的価値が高く、産業・技術の発展や脱炭素化社会の実現に不可欠な鉱物は「重要鉱物」と称され、日本でも安定供給確保のために、特定重要物資として指定されている。米国地質調査所(USGS)の推計によると、北極圏には、全世界の未発見石油資源の約13%、天然ガスの約30%が埋蔵されているとされ、その多くがロシア領海に存在するとされている(※8)。ロシアの北極開発を牽引するのは、ヤマルプロジェクトだ。シベリア北西部のヤマル半島は、ロシアにおける液化天然ガス(LNG)貿易の中心地であり、2010年代後半ごろから、LNGの開発プロジェクトが本格化し、北極海航路を経由して、中国をはじめアジア各国へ輸出されるようになった。北極圏国以外からの関心も高まり、中国や韓国企業などがこれらの資源開発プロジェクトに参画している。北極海航路の利用拡大が進む中、輸送管理収入を国内の造船産業に還流させる目的で、ロシア政府は、2021年に「北東航路(NSR)を経由して炭化水素および石炭を輸送できるのはロシア製船舶に限定する」とする法律を策定し、北極海航路の囲い込みを強化している。またカナダ政府は北西航路を自国の内水の一部と位置づけて管理権を主張しており、北極圏をめぐる利権競争は既に激化している。トランプ氏の「グリーンランド購入」発言の背景―ロシアや中国のプレゼンスの拡大上述のとおり、トランプ大統領による「グリーンランド購入」発言は、日本でも大きな話題となった。グリーンランドがこのトランプ氏の発言に反発しているなか、2025年3月に、トランプ政権高官やJD・ヴァンス米副大統領がグリーンランドを訪問したことで、グリーンランド自治政府はデンマークとの連携をいっそう強化し、米国からの圧力に対抗する姿勢を明確にしている。そもそも、なぜトランプ氏は、グリーンランド購入に意欲を示しているのか。これは、今に始まったことではなく、第1次政権の時から、グリーンランド購入に言及してきた(※9)。当初は、温暖化によって開発が進むと見込まれる航路や資源の確保という、いわば「不動産投資」的な視点があったとされる。しかし近年、北極圏の戦略的価値が軍事・安全保障の観点からも急速に高まっており、米国の関心のあり方もより地政学的覇権へと移行している。特に、ロシアや中国による北極圏でのプレゼンス拡大は米国の警戒感を強めている。中国は、北極圏国ではないため、北極圏における領土、資源採掘、漁業に関する主権を有していないが、自らを「準北極国家(near-Arctic state)」および「北極関係国(Arctic stakeholder)」と位置づけ、2013年に日本や韓国などと同時に北極評議会(Arctic Council: AC)のオブザーバー資格を取得した。北極評議会は1996年に、北極圏国8か国が設立したハイレベル・フォーラムであり、持続可能な開発、環境保護など共通課題への協力を促進することを目的としている。中国は2018年に、初の公式北極政策文書「中国の北極政策」を公表し(※10)、一帯一路構想の一環として「氷上シルクロード(Polar Silk Road)」を推進するなど、北極開発に積極的に関与する姿勢を打ち出した。安全保障面には直接言及していないものの、“商業目的”での活動領域を拡大(権益拡大)する意図を明確にしている。北極政策では、北極調査、生態系保護と気候変動への取り組み、氷上シルクロードの建設と持続可能な北極資源の利用、そして北極圏のガバナンス形成への積極的関与と国際協力の推進などが掲げられた。2022年のウクライナ侵攻後、西側諸国の制裁により国際的に孤立したロシアは、北極圏での戦略的パートナーとして中国との関係を強化した。中国が装備品を提供する代わりに、ロシアは中国に対して、北極圏の資源へのアクセスを事実上容認しているとの見方もある。実際、2023年には、中国の海運会社が、サンクトペテルブルクと中国を結ぶコンテナ航路を北東航路(NSR)経由で開設(※11)。西側諸国による対ロ制裁が強まるなかでも、中ロ間の物流協力は拡大傾向にあり、氷砕船の共同建造や液化天然ガス(LNG)インフラ開発などの分野でも連携を強めている。北極圏における主導権争いは、単なる資源獲得競争にとどまらない。この地域の支配は、資源採掘や港湾建設による経済的利益だけでなく、軍事的な拠点の確保という意味でも極めて重要だ。北極海は、戦略原潜による核抑止力の運用基盤としても注目されており、氷下での潜航によって追跡が困難であることから、第二撃能力(セカンドストライク・ケイパビリティ)を担保する理想的な環境とされる。2024年10月には、中国の海警局(沿岸警備隊)が初めて北極圏に入り、ロシア軍と共同哨戒(joint patrol)を実施した。ロシアは、北極圏を戦略兵器(strategic weapons)の貯蔵拠点として活用しており、特に核戦力が集中するコラ半島には、伝統的な「北方艦隊」が駐留している。中ロによる北極圏でのプレゼンス拡大に対し、米国を含むNATO諸国の対応は後手に回っていたが、米国は、2022年に、「北極域国家戦略(National Strategy for the Arctic Region)」を発表。これまで軽視されがちであった米国の北極圏政策を「緊急の国家課題」として位置づけた。戦略では、安全保障、気候変動・環境保護、持続可能な開発、国際的な協力とガバナンスの4本の柱を掲げている。・ 第1の柱:米本土・同盟国に対する脅威の抑止と、米国民および領域の安全確保・ 第2の柱:気候変動への強靭性を高め、温室効果ガスの削減等による地球規模の気候変動緩和への貢献・ 第3の柱:アラスカ州住民を含む北極域における持続可能な経済成長の促進・ 第4の柱:北極圏の国際機関やパートナー国との協力体制の強化特筆すべきは、同戦略において、ロシアと中国を「北極圏における安全保障上の脅威」と明言した点である。これは、米国が従来の「環境・開発」重視のアプローチから、安全保障と地政学リスクへの備えを重視する姿勢に大きく舵を切ったことを意味する(※12)。さらに、2024年に米国防総省が発表した北極戦略では、気候変動、大国間競争、地政学的シフトにより、北極の戦略的価値が一層高まっていることを強調し、次の対応を求めている(※13)。・北極圏での軍事的プレゼンスと即応態勢の強化・同盟国およびパートナー国との共同訓練・運用の深化・高緯度地域での作戦展開に備えた部隊の能力向上トランプ政権は、同盟国に対して、自らの防衛にもっと責任を持つよう繰り返し求めてきたが、北極圏においては、米本土防衛に直接かかわる問題であり、欧米の利害は大きく重なる。イギリスも北極圏での軍事・科学的なプレゼンスの拡大を進めており、NATO全体としても中ロに対抗する北極圏政策の見直しが急ピッチで進められている。今後、北極圏でどのようなアライアンスが構築されていくのか注目だ。安保・経済のフロンティア”北極”——協調の可能性と立ちはだかる壁北極圏の融氷により、北極圏は、環境、エネルギー、物流といったテーマから、安全保障と経済戦略の中核として再定義されつつある。とはいえ、北極圏は、「フロンティア」であるがゆえに、いくつもの構造的課題を抱えている。以下に主要な5点を整理する。第一に、ガバナンスの不在と制度的な限界がある。北極圏のルール形成は、域内の協力を促進する政府間組織「北極評議会」が担ってきた。しかしその決定は、コンセンサス重視・ソフトロー依存という設計により、法的拘束力に乏しく、紛争予防や利害調整の機能は限定的だ。現実には、国連海洋法条約(UNCLOS)やポーラーコード、EUの法制度、海上保安協力、漁業管理、二国間協定などの枠組みの方が、北極固有の課題に対して実効性を発揮している。結果として、北極圏における統合的なガバナンスは未だ確立されていない。第二に、インフラの未整備がある。物流や開発の基盤となるインフラは、北極圏では決定的に不足している。たとえば米国は、大型コンテナ船が寄港できる深水港を北極域に保有しておらず、アラスカ内陸部も道路や鉄道が未整備のため、極北へのアクセスは著しく制限されている。ロシアに次ぐ広大な北極圏領域を持つカナダですら、北極海につながる深水港は1カ所しかなく、その位置も北極圏から南に約800km離れている。加えて、多くの地域空港は土や砂利を固めた滑走路しか持たず、商用貨物機やジェット機には適していない。第三に船舶・砕氷船の不足がある。氷海を航行するには、氷を砕いて進む砕氷船(アイスブレーカー)が不可欠だが、西側諸国はこれを十分に保有していない。ロシア政府は36隻を保有し、うち最重量級の砕氷船を約6隻擁する。中国も4隻の砕氷船を持ち、近く5隻目が就役する見込みだ。一方、米国沿岸警備隊の運用する北極砕氷船は2隻のみで、それも1976年就役の「ポーラースター」と1999年就役の「ヒーリー」である(※14)。2019年に新型の砕氷船の建造契約を締結したものの、引き渡しは2030年以降となる見通しである。図3 主要国保有の砕氷船(2022年4月4日時点)(データソース)CRS Report ※米国は、2024年に市販の砕氷船を購入、2026年に沿岸警備隊艦艇として就役する予定のため、本表では3と隻と記載米国沿岸警備隊は議会証言で、「北極での任務を遂行するには、8~9隻の砕氷船が必要」としているが、実情は、その3分の1にとどまっている。問題の背景には、米国が原子力空母や原子力潜水艦など高度で複雑な艦船を建造できる一方で、砕氷船の建造には十分に対応できていないという点である。砕氷船は、原子力空母と同様、用途に応じて氷を砕くまたは切り裂く特殊強化船体、膨大な出力を要するエンジン、あらゆる気象条件に耐えうるシステムなど、高度な設計・建造技術を必要とする。加えて、米国沿岸警備隊および海軍向けの艦船は外国の造船所で建造することが禁じられているが、専門的技能を持つのはまさにその外国造船所側である。米国内の造船所は、投資、熟練労働者も、発注数も不足しており、議会が義務づけた原子力潜水艦の建造すら難航している。こうした船舶・砕氷船不足から打開するために、米国、カナダ、フィンランドは、「アイスブレーカー協力体制(ICE)Pact」を締結し、砕氷船の共同建造を目指す(※15)。ICE Pactは、友好国とのサプライチェーン構築(フレンドショアリング)と産業政策を融合させた枠組みであり、各国の造船業の効率性・回復力・競争力を強化し、国内外市場向けに必要な砕氷船をより効率的かつ迅速に建造することを狙いとしている。この枠組みに、今後新たな同盟国、パートナーが加わるのかが注目される。日米関税交渉では、造船分野での日本の協力が浮上している。艦艇や砕氷船の建造、補修などで日本の強みを活かせるのではないだろうか。第四に、鉱物資源の採掘コストがある。北極圏には豊富な鉱物資源が眠るとされるが、極地での採掘には莫大な初期投資とインフラ整備が必要であり、その費用は不確実性が高い。現時点では、経済的に採算が合わないとみられ、たとえ資源ポテンシャルが高くとも、商業化に向けた資金調達やリスクマネーの動員が難しい状況にある。第五に、航空権や領有権をめぐる対立が激化する可能性である。北極海をめぐっては、海洋法上の航行権や領有権をめぐる対立も顕在化している。たとえば、ロシアは長年、北東航路(NSR)を自国の内水と位置づけ、UNCLOS(国連海洋法条約)が定める航行の自由や無害通航の原則を制限しようとしてきた。今後は大陸棚延長を根拠に、排他的経済水域(EEZ)を超えた鉱物資源や広大な海域の主権的権利を主張する可能性もある。また、北極圏諸国に暮らす先住民・地域住民の権利保護も重大な課題だ。たとえば、グリーンランドやカナダ北部のイヌイットコミュニティでは、大国間競争の激化に伴い、自治権や自己決定権が脅かされる懸念が高まっており、こうした社会的・文化的課題も包括的に捉える必要がある。かつて「北極の例外主義(Arctic exceptionalism)」が語られた時代には、北極圏国と先住民族代表団体、さらに中国や英国などのACオブザーバーが、北極の保護とガバナンスに協力してきた。しかし現在では、多くの国が自国の利益を優先する大国政治の時代となった。北極圏はもはや孤立した存在ではなく、グローバルな文脈の中で再定義する必要があるだろう。求められる日本の北極戦略日本はこれまで持続可能な開発や環境、科学技術を主軸に北極政策を講じている。2013年には北極評議会のオブザーバー資格を取得し、2024年に策定した海洋開発等重点戦略では、北極政策について「研究開発、人材育成」、「持続可能な利活用の探求」、「国際ルール形成への寄与」、「省庁横断」などの取り組みを盛り込んだ。これを受け、日本の海運・物流企業は北極海航路の可能性を精査している。しかし、資源開発や新たな産業の創出という点では、更なる取り組みが求められそうだ。日本は造船技術やLNG(液化天然ガス)プロジェクトなどの分野で蓄積された知見を活かすことが、エネルギー供給の多様化と安定確保という観点からも、日本にとって戦略的に極めて重要となってきた。今後、日本が北極圏へ積極的に関与していくためには、以下の3つの視点が特に重要となるだろう。 地政学リスクへの対応北極圏の安定と平和を確保するため、日本は「ルールに基づく国際秩序」の維持に貢献すべきである。その一環として、グリーンランドとの協力関係の強化(貿易協定の締結、観光や教育・研究分野での連携)、さらにはノルウェーやアラスカと連携した環境対応型船舶(グリーン船舶)の共同開発、インフラ整備などが挙げられる 環境・社会リスクへの配慮北極圏の生態系は極めて脆弱であり、先住民の権利や生活とも密接に結びついている。経済活動を推進する際には、生態系の保全や先住民の権利尊重を前提としたアプローチが求められる 北極科学外交の推進科学技術力と国際協調を強みとする日本にとって、「北極科学外交」は有効な戦略手段となり得る。観測データや気候モデルの共有を通じ、気候変動への理解を深めると同時に、国際社会における信頼構築に寄与すべきだろう北極政策を戦略的に実施するうえでは、「価値観を共有する国との連携」、「民間企業との連携」という二つの連携が欠かせない。海洋開発等重点戦略に基づき、政府は自律型無人探査機(AUV)・周辺技術の開発や衛星データのAI分析、北極域研究船「みらいⅡ」の就航を進めるが、さらに「二つの連携」を拡充していくことが、期待される。宇宙開発において、政府は2025年、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に「宇宙戦略基金」を設置し、10年間で1兆円規模の資金支援に乗り出した。海洋国家である日本にとって、北極を含めた海洋の開発・事業化は宇宙開発同様に生命線と言っても良いだろう。例えば、宇宙戦略基金に準じた「海洋戦略基金」を設置し、省庁横断による戦略的な投資・国内外の研究開発支援の体制を整えることは有効な政策案になるのではないか。特に北極はトランプ2.0の時代において重要性が急激に増しており、優先度が高い海域・エリアとなってきた。海洋戦略の内容を深化させ、場合によっては「北極圏戦略」を作成することも一案となるだろう。施策を着実に実施できる資金と体制を整えることが、北極へのアクセスの第一歩になる。参考資料(※1)防衛省『防衛白書』2022年版 (※2) JAXA Earth-graphy「2025年2月 地球上の海氷域面積が衛星観測史上最小値を記録」2025年5月20日(※3) Rantanen, M.; Karpechko, A. Y.; Lipponen, A.; et al., “The Arctic Has Warmed Nearly Four Times Faster Than the Globe Since 1979,” Communications Earth & Environment 3, 2022, 168.(※4)国土交通省『北極海航路の利用動向について』2021年7月28日(※5)Janis Kluge and Michael Paul, “Russia’s Arctic Strategy through 2035”, German Institute for International and Security Affars, SWP Comment, November 2020, No.57. (※6)“Northern Sea Route Shipping Falls Short of Russia’s 2024 Target”, The Moscow Times, Jun 10, 2025.(※7)Совет Безопасности Российской Федерации, “Основы государственной политики Российской Федерации в Арктике на периоmataд до 2035 года”.(※8)U.S. Geological Survey, “Circum-Arctic Recourse Appraisal: Estimates of Undiscovered Oil and Gas North of the Arctic Circle”, 2008. (※9)“Trump likens buying Greenland to ‘a large real estate deal’”, AP news, Aug 19, 2019.(※10)中華人民共和国中央人民政府 『中国的北极政策』 2018年1月26日(※11)“Larger Boxship Sails NSR, Expanding Russia-China Trade”, August 29, 2023. (※12)2023年には、ヴァンハーク米陸軍大将が議会証言で、気候変動と安全保障リスクの高まりに対応するため、「気候変動と地政学的リスクの増大に対処するため、明確な北極戦略、領域監視能力の向上、包括的防衛枠組みの構築が急務である」と訴えた。これは、米本土防衛を北極から再定義し直すべきとの主張でもある。“Statement of General Glen D. Vanherck, United States Air Force Commander United States Northern Command and North American Aerospace Defense Command before the House Armed Services Committee”, Defense.gov, Delivery Date March 8, 2023. (※13)U.S. Department of Defense, “DoD Announces Publication of 2024 Strategy”, July 22, 2024.(※14)Mike Glenn, “New U.S. Arctic icebreakers won’t be ready until 2030, lawmakers say”, The Washington Times, December 18, 2024. (※15)U.S. Homeland Security, “Icebreaker Collaboration Effort (ICE) Pact”, Last updated on January 22, 2025. ウェブサイトの最終閲覧日は、いずれも2025年6月9日。